2006年02月10日

やれトラウマだのやれコンプレックスだの

ども、にもつです。
ボクは現在人生と言うものを28年間歩んでいるわけなのですが、
まあその、そこそこ人と出会ったり別れたりそこそこ経験するわけですよ。
んで意外と人と接するうちに思うことがありまして、
結構な人が「トラウマ」とか「コンプレックス」とかの「陰」持ってるんですよね。
トラウマでいうと親の離婚や再婚にはじまり、兄弟が引きこもり、死別、暴力、幼少の記憶、異性にひどい仕打ちを受ける。
コンプレックスでいうと背が低い、目が一重、顔がでかい、足が短い、太ってる、ハゲ、などなど。

大概の人が「トラウマ」や「コンプレックス」を抱えて生きているんだな、と思うことが多いです。

翻ってワタクシ、俺!なんですが、ほとんどないんです。
ほとんど、というか0に近いところでないんです。

学生の頃なんかは何かと語りたがるもんで、
安居酒屋で神妙な表情で小さい頃に経験したこと、
その残像が今でもあり生きているうえでちょっとしたストレスを感じる、
などといったことを話し合ったりもしていたのだが、
語るべきネタ(「ネタ」扱いしてる時点でボクはアウトですけどね・・・)がないボクは
ただただお酒だけが進みよく分からない共感とアドバイス的なことを行っていた。
真剣に聞こうとするのだがいかんせん自分にそういった類のものが無いので
それが生きているうえでどれだけストレスになっているか、邪魔になっているか、などの加減が分からないのだ。
まったく持って悪気はないのだが。

時には幼少のころの記憶を辿ってみて「トラウマ」らしきものを探して見たりもするのだが
兄にいじめられたのは確かだが翌日にすら忘れてしまうこと(もしかしたら「忘れてしまう人」なだけなのかも)であったり、
親もきわめて普通の親だし(どうか分からないですけどね)。
これといったコンプレックスもない。見事に湾曲したO脚もそれによって不自由したこともないのでコンプレックスにもならない。
猫背で背筋を伸ばしたいということもコンプレックスにはならない。伸ばす努力をしてないのだから仕方が無い。
こればっかりはこのような子を産んでしまった親に感謝する他ない。こんなに能天気な子にしてくれてありがとう、と。
それでも経験則からいうと「普通」と言われてる環境のほうが意外と少なかったりするんですよね。

でもトラウマとかコンプレックスとかって非常にパーソナルなものだと思うんであまり人に話すことでもないような気がしますけど。
・・・僕が言うのもなんですが。すいません。
ただ僕みたいなもんが「トラウマがないのがトラウマ」とか「コンプレックスが無いのがコンプレックス」とか「悩みが無いのが悩み」とか
わざわざトラウマ目線に立って考えるようになっても本末転倒かなとも思います。
なければないでいいじゃんか。

一応発表しておくと今のところ僕の最大のコンプレックスは
「・・・トイレが近いこと」です。
理解されないかもしれませんが、ホントにいやなんですよ、これ。

ホントにイヤなんだけどな〜。
それは違う、って言われるんだろうな〜。


posted by すかんぴんプロジェクト at 14:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ブロンズ・にもつのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。